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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11953号 判決

主文

一  被告は、原告堀内コメに対し、金三三三万三三三三円及びこれに対する平成六年六月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告堀内珠枝に対し、金六六六万六六六六円及びこれに対する平成六年六月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 平成四年四月二日午後九時一九分ころ

(二) 場所 水戸市開江町五六五番地の一先高速自動車国道常磐自動車道上り線三郷起点八四・七キロポスト付近

(三) 事故車両 普通乗用自動車(相模五二も六三二)

右運転者 亡堀内重樹(以下「亡重樹」という。)

(四) 事故態様 亡重樹は、事故車両を運転して常磐自動車道上り線を進行中、自らガードレールに衝突し、事故車両が横転したはずみに事故車両から放り出されて走行車線で倒れていたところ、大森嗣雄運転の普通乗用自動車に轢過され、さらに続いて、八取庄一運転の普通乗用自動車に轢過され、頭蓋骨骨折、脳挫滅により死亡した。

(以下、右事故を「本件事故」という。)

2  自動車保険契約

亡重樹は、平成三年九月一二日、被告との間で、事故車両につき、保険期間を平成三年九月一六日から平成四年九月一六日までとし、搭乗者傷害保険金額一名につき金一〇〇〇万円などとする自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

3  被告の保険金支払義務

(一) 本件保険契約の約款である自家用自動車保険普通保険約款の第四章搭乗者傷害条項一条一項には、被告は、被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被つたときは、搭乗者傷害条項及び一般条項に従い保険金を支払う旨、また、同四条には、被保険者が傷害の直接の結果として、傷害の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額の全額(本件においては金一〇〇〇万円)を支払う旨、それぞれ規定されている。

(二) 本件事故は、自損事故による事故車両から放り出された直後に、自らの力では動くことのできない高速道路の走行車線に倒れていた亡重樹が、二重に轢過されて死亡したというものであり、このような場合、亡重樹は、自損事故による傷害の直接の結果として死亡したと評価されるべきであるから、亡重樹は、本件保険契約に基づき被告に対し被保険者として搭乗者傷害保険金一〇〇〇万円を請求することができる。

仮に、亡重樹が自損事故後、自らの意志より車外に出、後続車両に轢過される時点では生存していたとしても、本件では、自損事故による傷害により自らの力では動くことができずに高速道路の走行車線上に倒れているところを後続車両に轢過されて死亡したのであるから、亡重樹は、自損事故による傷害の直接の結果として死亡したものというべきである。

(三) 亡重樹の相続人は、同人の母である原告堀内コメ、同人の妻である原告堀内珠枝の二名であるところ、両原告は、法定相続分に従い、原告堀内コメが三分の一、原告堀内珠枝が三分の二の割合で亡重樹の財産を相続した。

4  結論

よつて、原告らは、被告に対し、保険金として原告堀内コメに金三三三万三三三三円、原告堀内珠枝に金六六六万六六六六円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成六年六月二三日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1のうち、(一)ないし(三)の事実は認める

(二)  同1の(四)のうち、事故車両が横転したはずみに亡重樹が車両から放り出されたこと、亡重樹が倒れていたこと、亡重樹の死因はいずれも不知、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3の(一)の事実は認める。

(二)(1)  同(二)のうち、亡重樹が自らの力では動けなかつたこと、走行車線に倒れていたこと、轢過の結果死亡したことはいずれも不知、その余の主張は争う。

(2)ア 搭乗者傷害保険の対象となる搭乗者とは、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」をいう(搭乗者傷害条項一条)。

ここに「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、道路交通法五五条一項にいう「乗車のために設備された場所」と同義であり、道路運送車両の保安基準二〇条一項にいう「乗車人員が動揺、衝撃等により転落または転倒することなく安全な乗車を確保できる構造」の場所をいうものと解される。

イ 本件事故は亡重樹が車外で後続車両に轢過された結果生じたものであり、搭乗者保険の対象とするものではない。また、亡重樹が単独事故を起こした後、車から放り出されたのか、自らの意志で車外に出たのか不明であつて、後者であれば、もとより搭乗者保険の対象とはならない。

後者の可能性が否定できない以上搭乗者保険につき有責とすることはできない。

ウ 原告主張のように正規に乗車中の事故の後、車外に出て別の原因で死亡した場合にも事故と死亡との間に相当因果関係があれば搭乗者保険を有責とすべきとする考え方がないわけではない。

しかし、搭乗者保険は、傷害保険の一種ではあるが、当該傷害(死亡)が正規に乗車中の事故を直接の原因として起こつたことを要件とする極めて特殊な傷害保険であり、右のような解釈をとるべきものではない。

また、本件においては車外に出た後、別の車両運転手の過失により死亡したもので単独事故と死亡との間に相当因果関係は認められない。

(三)  同(三)の事実は不知。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一1  請求原因1のうち、(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  同1の(四)のうち、亡重樹は、事故車両を運転して常磐自動車道上り線を進行中、自らガードレールに衝突したこと、大森嗣雄運転の普通乗用自動車に轢過され、さらに続いて、八取庄一運転の普通乗用自動車に轢過されたことは当事者間に争いがない。

二  事故態様について判断する。

1  前記認定事実に、成立に争いのない甲第三号証、第六ないし第八号証、第九号証の一ないし六、同号証の一二ないし一四、第一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一及び二によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  亡重樹は、事故車両を運転して常磐自動車道上り線を進行中の平成四年四月二日午後九時一七分ころ、ガードレールに衝突し、車外に放り出されて走行車線上に仰向けに倒れたが、一度左右の肩を動かした。その直後ころの同日午後九時一九分ころ、大森嗣雄の過失により同人運転の普通乗用自動車に轢過され、その一分後ころ、更に八取庄一の過失により同人運転の普通乗用自動車に轢過された。

(二)  亡重樹は、右事故により、同日午後九時一九分ころ死亡した。

2  また、右証拠によれば、亡重樹の死亡は自損事故によるものか、その後の轢過によるものか判断できず、仮に後の轢過がないとした場合においても自損事故のみで死亡したとは断定できない。

三  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

四1  請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  亡重樹の本件事故による死亡に本件保険契約の第四章搭乗者傷害条項の適用があるか否かについて判断する。

(一)  成立に争いのない甲第二号証によれば、搭乗者傷害条項の適用があるのは、自動車の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が(以下「被保険者」といいます。)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害・・・を被つたとき」(第四章搭乗者傷害条項一条)に適用され、死亡保険金が支払われるのは、被保険者が右傷害を被り、「その直接の結果として、・・・死亡したとき」(同四条)である。

右の「直接の結果」死亡したと規定しているのは、通常であれば死亡しない第四章搭乗者傷害条項一条に規定する傷害であるにもかかわらず、右傷害とは関係のない余病を併発して死亡した場合や医療過誤などにより死亡した場合等傷害と死亡との間に相当因果関係の認められない場合を除外する趣旨であると解され、右直接の結果の認定に当たつては第四章搭乗者傷害条項一条、四条を総合的に考察し、事故と死亡との間に相当因果関係が認められる場合は右の直接の結果性を充足したものと解するのが相当である。

(二)  前記二認定のとおり、亡重樹は事故車両を運転中ガードレールに衝突したものであり、右「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」であつたことは明らかである。しかし、前記二認定のとおり、亡重樹の死亡は右自損事故によるものとは断定できず、自損事故後の二度にわたる第三者の過失行為による轢過による可能性も残つている。

ところで、夜間高速道路において、自損事故を起こし車外に放り出され傷害を負つた運転者が右高速道路上に事故直後動けずにいる場合に、傷害を受け動けずにいる者の発見が遅れ、後続の自動車運転者が右傷害を受けた者を轢過することがあり得ることは容易に予見しうることであるから、右の場合自損事故と後続車による轢過によつて死亡したこととの間には相当因果関係が認められる。

したがつて、本件事故において、自損事故のみによつて亡重樹が死亡した場合にはもちろんのこと、自損事故後の二度にわたる第三者の過失行為による轢過によつて死亡したとしても、自損事故による亡重樹の受傷と死亡との間には、相当因果関係が認められ、右第四章搭乗者傷害条項四条の「傷害を被り、その直接の結果として」死亡したものと認められる。

3  成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、請求原因3の(三)の事実が認められる。

一  以上によれば、原告らの本件請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 天野登喜治)

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